11月23日の木曜日(勤労感謝の日)に「第4回ウォークラリー」を実施しました。
今回は、鹿江地区の歴史を訪ねるウォークラリーでした。
小学一年生から六年生までの児童49名とまちづくり協議会メンバーなどを含め総勢80名が参加しました。
南川副公民館に集合して説明を聞いた後、10のグループに分かれてスタートしました。
説明2911.JPG配布されたコース図を頼りに、鹿江地区の5つのチェックポイントをまわりながらクイズを解いていくラリーです。
今回は、まわる順番が決まっていました。
スタート2911.JPGまずは、「威徳寺(いとくじ)」です。
天文22年
(1553年)、龍造寺隆信が旧領地の回復をはかって、筑後から海を渡り鹿江崎に上陸し、この威徳寺で旗揚げの後、佐賀城を奪還したとされています。
このお寺には隆信が使用したという「陣太鼓(じんだいこ)」も保管されていました。
威徳寺2911.jpg2か所目は、「円照寺(えんしょうじ)」です。
享禄年間
(1528年頃)、鹿江に築かれていた龍造寺隆信の遠縁にあたる鹿江遠江守兼明公の館に近く、兼明が菩提寺(ぼだいじ)として創建したとされています。
円照寺2911.jpg3か所目は、「今古賀神社(いまこがじんじゃ)」です。
円照寺が創建された後、十二ヵ寺の末寺が建てられたといいます。
この今古賀神社は当寺の鎮守として建てられたということです。右手をあげた珍しい「狛犬(こまいぬ)」がありました。
参道をふさいでいる松の木は台風によって倒れたということです。
今古賀神社2911.jpg次は、4か所目です。
ここは何も無いように見えますが、「館跡(たちあと)」という所です。
戦国時代に鹿江遠江守兼明という豪族(ごうぞく)がいました。
龍造寺氏の武将であると同時に、海を開いて田畑を耕して、実り豊かなこの川副の地を開拓した人です。
この兼明の城跡(しろあと)のことを「館跡」といいます。ここでは資料を使って、説明をして頂きました。
舘跡2911.JPG最後の5か所目は、「道久禅門墓碑(どうきゅうぜんもんぼひ)」です。
この墓碑は竹藪の中に埋もれていたものが、発見されて現在の場所で祀(まつ)られています。
1660年代に建てられたのではないかと考えられています。
また、「道久」や「咾分」等の字名に関係があるかも知れないということです。
道久禅門碑2911.jpg全てのポイントを廻ってクイズを解いた後は、時間を気にしながらゴールの公民館を目指しました。
道中2911.jpg全員無事に戻ってきました。
お疲れさまでした。
帰って来ました2911.JPGクイズの得点と時間得点で集計をして順位を決めました。「クイズ」の正解を聞いた後、順位発表と賞品渡しが行われました。
クイズの正解と説明は、子ども達の記憶の中にもしっかりと残ったことでしょう。
正解発表2911.JPG
最後は、計画して下さった係の人達に皆でお礼を言った後、参加賞ももらって家路に付きました。
「何が入っているかなぁ」
解散2911.JPG大人の私達も知らなかったような「鹿江の歴史」に触れることができ、とても意義深い催しになりました。
過去最高の49名の子供たちの参加で非常に盛り上がりました。また、男の子の参加が16名と増えたことも嬉しく思いました。

係りの人は準備が大変だったと思いますが、子どもたちの喜ぶ姿を見て苦労も吹っ飛んだことでしょう。
お疲れさまでした。 ボランティア参加の皆様も、ご協力有難うございました。