ひと鍋島〜森田 昭さん(鍋島まちづくり協議会 副会長)

鍋島公民館

鍋島公民館

「ひと 鍋島」

今回は鍋島まちづくり協議会(以下、まち協)副会長の森田昭さんにお話を伺いました。

――先日は令和8年度の総会の開催お疲れ様でした。
森田さんは鍋島在住歴はどれくらいですか。
森田さん:私は昭和60年(1985年)に医大北に引越してきましたので41年になります。佐賀医科大学(現佐賀大学)ができ学園都市が作られてから10年足らずのタイミングで、当初は周りの家々もまばらでした。周りの多くが私と同じ30代の方々でしたから、町民運動大会から夏のいかだ流しなどそれはそれは賑やかでしたよ。当時は行事の後に自治会役員の自宅などで"ちゃんちゃかちゃん"をするのがお決まりでしたが、今は医大北自治公民館を利用しています。

――当時はどんな様子だったのでしょうか。
森田さん:行事には必ず子どもの姿がありました。若いお父さんやお母さん方と高齢者が金立のキャンプを企画したり、普段から地元の大人と子どもが一緒に過ごす機会があちらこちらにありました。私の子どもは今40代ですが、近所の子ども10人くらいで一緒に通学していましたし、放課後も夕暮れまでキャーキャー言いながら遊んでいました。今でも実家に帰省した時は、当時の幼なじみと仲良く集まっているところを見ると、豊かな人間関係を築けていたのだなと思います。

――現在のまち協の主な活動を教えてください。
森田さん:一番大きな行事として"鍋島養生ふれあいまつり"があります。今年は10月18日(日)に鍋島小学校体育館とその周辺で開催を予定しています。まち協役員・構成員や公民館と一緒に実行委員会を立ち上げ準備します。またユニークな取り組みとして、小中学校のご協力のもと「"昭和28水鍋島水害写真集"読書感想文コンクール」を実施しています。今から72年前の昭和28年に九州北部で発生した大水害のことが、鍋島では写真や体験など資料が残されていました。これをまち協で取りまとめ令和3年に冊子にまとめて発刊しました。防災教育という観点のみならず、当時の人がどうやって困難を乗り切ったのかという生き様を知ることも大いに意義があると考えています。

――森田さんはその編集委員長でいらっしゃったそうですね。
森田さん:はい。編集にあたっては、以前の館長の大野修さんや池田邦泰さんをはじめ多くの方々と役割を分担し、皆様の協力で完成しました。

――地域活動に係わるようになったのは何がきっかけですか。
森田さん:もともとお祭りごとは好きなほうで、若いころから地元のお祭りやスポーツ行事などには積極的に参加していました。医大北は地域活動に積極的な方が多かったので、今でも医大北まつりをはじめとする行事が続いているのだと思います。子ども時代に地域の大人や年齢の異なる子どもたちと様々な場所で自然に交わる機会があるというのは色々な意味で財産になりますね。本格的な地域活動は令和2年に医大北自治会長になり、合わせてまち協に副会長を引き受けてからです。

――鍋島まち協さんが果たしたい役割はどういうものでしょうか。
森田さん:私がまち協に入った令和2年頃は、まち協の認知度はまだ低かったように思いますが、今は殆どの人が名前くらいは知っていると思います。地域活動にも関心をもつ人が増えるような役回りができればと考えています。

――元気でいる秘訣は何ですか。
森田さん: 今70歳を過ぎましたが、自分の得意なことや好きなことができていることですね。現役時代から書類作成は得意なほうでしたから、今でもPCを使って資料づくりは好きですし、人とのおしゃべりも大好きです。数年前ぎっくり腰で足腰に少し不安があるものの、どうにかゴルフなど楽しんでいます。グラウンドゴルフ仲間で一番強いのが80歳代の方ですから、私も是非そこを目指したいと思っています!

――最後に今後の豊富をお聞かせいただけますか。
森田さん: この町を未来永劫、安心・安全で活気のある街として残すために頑張っていきたいと思います。通学路の毎朝の立ち番で、子どもさんとのちょっとした会話や、夏休みの子どもとの朝のラジオ体操も楽しみです。鍋島がそれぞれに住みやすく、満足できる街であるよう活動していきたいと思います。子育て中の親御さんたちは多忙な毎日を過ごされていると思いますが、少しでも地域と関わりを持って頂けるとありがたいと思います。

――本日はお話ありがとうございました。            

聞き手:鍋島公民館館長 岸川いづみ

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